日本の歴史は、何を犠牲にして続いてきたのだろう

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『鎌倉殿の13人』がNetflixで公開になったのでイッキ見。ドラマはぶつ切りになるのが苦手で、連続して見るのが好き。

鎌倉殿の13人
平家隆盛の世、北条義時は伊豆の弱小豪族の次男坊に過ぎなかった。1180年、頼朝が挙兵するとこの無謀な大ばくちに乗った北条義時は頼朝第一の側近となり、平家を打ち破った鎌倉幕府のかじとりを担う。やがて三代将軍・実朝が没し源氏の正統が途絶えたとき…

前半は鎌倉殿が鎌倉幕府を開くまでのあれこれ。源氏も平家も臣籍降下から始まってるんだなあってふんわり思う。

このドラマは、源頼朝が亡くなったあとの後半が見どころ。

頼朝時代も権力を握るために人が排除され、昨日まで頼りにしていた相手が、いつの間にか敵になる。生き残るために誰かを切り捨て、そうして残った人たちもまた、少しずつ変わっていく。

小栗旬さんが演じる北条義時を見ていると、権力の中で生きることが、人間から何かを奪っていくように感じられる。支える三浦勢のように、周囲の情勢を見ながら、転覆を狙いつつも従うしかない立場の人たちもいる。

自分の考えがあっても、立場を失えば家や一族が危うくなる。正しいと思うことを貫くことと、生き残ることが、必ずしも両立しない。

そんな姿を見ていると、現代社会と重なって見えてくる。鎌倉時代の実際がどうだったかは不明だけど、本質は変わらないのかも?

権力を守るために、何が失われてきたのか

鎌倉時代は、武士が政治の中心となり、権力をめぐる争いが繰り返された時代だった。

源頼朝の死後、御家人たちの間では主導権をめぐる争いが起こり、やがて北条氏が幕府の中枢を握るようになる。その過程では、多くの有力者が失脚し、命を落とす。

単純に善と悪に分けられるものではない。

開戦の決断

先日、ラジオで、当時の天皇による開戦の判断についてアメリカ軍側の記録の話を聞いた。

「戦争はしてはいかぬと思ひながら」…昭和天皇が側近に漏らしていた太平洋戦争開戦に同意した理由 ヒトラーに対して同情的な発言をしたことも
昭和天皇は、なぜ開戦の決断を下したのか。朝日新聞の北野隆一記者は「側近や侍従長が残した記録には、昭和天皇の知られざる葛藤が描かれていた」という――。(第2回)

開戦を拒否すれば、天皇や周りが暗殺や拉致、あるいは国内の内乱が起こり、日本そのものが危うくなると判断し、開戦の許可をした、という。

すごい記録であるとともに、GHQ側の冷静な判断能力は日本が同じことをする立場になったとしてできるものとは思えないものだった。

その歴史の先に生きている。

当たり前に思える平和の中で

当たり前のように暮らしている社会は、こうした歴史的な転換の先にある。切なくなる。いまは「どうする?家康」を流れで見始めたところ。

多くの人が犠牲を払ってきたことに、それが歴史になっていることに、悲しくなり、儚い気持ちになる。

小さな人間は、どう生きればいいのか

私たちは、歴史の中で生きる小さな存在だ。

だからこそ、時々わからなくなる。

自分の生き方を貫くべきなのか。それとも、世の中とはそういうものだと割り切って、自分の生活を守ることを優先すべきなのか。贅沢な悩みに思えてくる。

正解を探しすぎてしまう。誰かを犠牲にすることを当然だと思わず、自分の暮らしの中で、できるだけ人を大切にする。

日本の歴史は、数え切れないほどの人の人生の先に続いている。その歴史を変える力を持たない私もまた、その続きを生きている。その当時にも小さな人間たちはいたわけで。せめて、その問いだけは手放さずにいたいと思う。

こよみ
この記事を書いた人

仕事に悩んだり、おいしいものに癒やされたり、ふらっと旅に出たくなったりの40代。このブログでは、日々のごはん、暮らしとお金のこと、買ってよかったもの、旅の記録などを綴っていきます。

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